2026-05-02
国際学会に論文を投稿しました
背中を追って
4月30日AoE (Anywhere on Earth) が投稿締め切りだった、Parallel Architechture and Compilation Techniques 2026 (PACT'26) という国際学会に論文を投稿しました。 これから、査読を受け、8月上旬に Author Notification を受けることになります。
昨年7月から始まった、 AIアクセラレータを開発する新進気鋭のシリコンバレーベンチャー Cerebras との共同研究の成果を、論文という形で投稿しました。
世界のトップレベルのエンジニアおよび研究者が集う企業と何の実績もスキルもない自分が共同研究をする機会を頂けたのは、単に教授への感謝に尽きます。いかにして彼らの要求に応えつつ、研究という形でプロジェクトの成果をまとめていくかという、単純な研究とは少し角度の違う難しさを感じることも少なくありませんでしたが、それ以上に共同研究者の視座の高さと深い洞察力そして卓越したスキルに大いなる感銘を受け続けた9ヶ月でした。
近しい人には時々話していたかもしれませんが、9ヶ月の間に研究の方向性は二転三転し、その間様々な事情により投稿予定の学会も二転三転する事態に自分も不安を覚えることもありました。 ただ、自分の中のこだわりとして、自分が幸運にも頂けた機会である以上、最後は自力で形に持っていかねばならないという意志は折れず、2月に方向性と学会を変更した後も、何重にも横たわっていた苦難を何とか乗り越えることができました。
こういった自分の原動力となっていたのは、もちろん自分の中のプライドもありますが、同じくらい周囲の極めて優秀な人たちの背中を見せてもらえた環境だと思っています。 自分含めて3人の研究室同期が卒業論文について学科から表彰を受けましたが、自分以外の二人は同時期に分野の最高峰の学会に成果を論文として投稿し、研究としての評価を受けるという責任を果たしていたわけです。 あまり口には出しませんが、内心自分のことを冷笑するタチなので、普通に自分の取り組みが二人のそれよりも劣ることは十二分に自覚しつつ、かといって逃げ出すのは様々なものに対して不義理だという半ば使命感から、研究に励んでいた節もあった気がします。
論文や研究成果というのは、もちろん Accept / Reject という形で二元論的な結果に帰着する側面があり、それが当人にとってどれだけ重い意味を持つかは理解しているつもりです。一方で、どんな研究成果であっても、それが成果として確立されるには、必ず他者からの評価をフェアに受けなければなりません。というか、それこそが研究者に課された最も重要かつ崇高な職務なのだろうなと素人目に感じました。 自分の教訓として、研究自体の成否もどれだけ他人の評価を積極的に受けるかにかかっている面はあると感じます(反省をたっぷりと込めて)。 しかし、査読者よりもはるかにフレンドリーで良心的な同業者にまともな説明ができないのであれば、当然その研究には将来性を見出せないでしょう。時には、マス目を2つ3つ差し戻されることもあるかもしれませんが、恐れずにぶつけてみるという姿勢が大事だなと感じています。
残念ながら、研究成果が不完全であるのと同じように、他者からの評価も不完全です。サーベイをしていても、測定結果が適切に処理されていないため、肝心の貢献が評価不能であるにもかかわらず、かなり多数の被引用数を得ている論文もあったりして、人間不信ではないけれどもそれに近い感覚に至ることもありました。 中には、誇張の域を超えて、明らかに虚偽の記述をしている論文もあり、これらはもちろん許されざる行為なんですが、それは感情的な意味合いよりも、他者からの公正な評価を受けるという研究者の最も重要な職務に対する裏切りという理由が大きいんだなと理解しました。 少なくとも、自分の教授は、成果を誇張せず誠実に表現して潔く評価を受けるべしという信念の持ち主で、心から尊敬しています。 もっとも、これは無防備に研究成果を提示するという意味ではなく、公平な評価を受けるためにありとあらゆる評価 (Evaluation) を自ら行い、その成果の正当性を他者に対して示すべしという、職務の理念の実践なのだと理解しました。
とまあ、こんな感じでキッザニア状態の9ヶ月だったわけですが、一応 Cerebras が持ち合わせていなかった、
- Cerebras 命令セットを用いた対数関数の並列高速計算アルゴリズムの提案(非公開)
- Cerebras Wafer Scale Engine のコア (Processing Element) におけるメモリ読み出しポートの競合 (Bank Conflict) を最小化する Software-managed Cache の静的割り当て手法の提案(卒業論文)
- LLM学習時に用いる Cross Entropy Kernel の最適化(卒業論文)
- Wafer-scale の distributed architecture における Robust な時刻同期手法の提案(卒業論文)
といったものを、Cerebrasの共同研究者とともに行い、また学会投稿を見据えて、
- Wafer Scale プログラムのボトルネック解析という、アーキテクチャの性能を引き出す上で不可欠でありながら、アーキテクチャのスケール故にこれまで困難だったことを可能にする、クリティカルパス解析フレームワークの実装および提案
- さらには、Wafer Scale プログラムの性能を大きく左右する Data Layout および Communication Pattern の選択を、クリティカルパス解析を用いて自動化するレイアウトオプティマイザの提供
- そこに、Wafer-scale distributed algorithm の Functional Correctness (つまり分散アーキテクチャ用のアルゴリズムが意図通りの出力を示しているか)も含めた、開発のイテレーションを丸ごと加速する統合型フレームワークとして CRISP を提案(・実装)
といったことに取り組みました。 ちなみに、用いたベンチマークにおいては、クリティカルパス解析の精度は99%程度と極めて高く十分な信頼性が得られることが確認できました。 詳細は、論文が公開された際にそちらから改めて確認していただければ幸いです。
勇気と精神力の重要性
おそらく研究者にとって重要な才能は、
- 様々な問題に対してその問題がどれくらい Critical なものかというのを認識するビジョン(というか直観力)
- そして問題に対して、何かしらの仮説を立てて検証し他者に評価を受けることを厭わない耐久力
あたりなのかもしれないと感じています。研究者が受ける評価というのは、世の職業の中でもトップクラスで冷徹です。いわゆる「努力」は評価されません。というか、上記2点を忠実に実践する努力が結果に基づいて評価されます。究極の成果主義・能力主義とも言えるでしょう。
こういった世界で生き延びれるのは、人間離れした精神力の持ち主しかいないんだろうとつくづく痛感させられました。 とりわけ今の日本は研究者は稼げる職業ではないにもかかわらず、その職を全うしようとする人々には、心からの尊敬を表さずにはいられません。 何よりも、自分もおいそれと「自分もこうなりたい」というのは躊躇われるくらいですから、本当に過酷な環境なんだと思います。
なぜ、欧米の企業は博士人材を好んで採用するのかも、納得するのは難しくありませんね。議論を恐れない、失敗を恐れない、こういった姿勢を骨の髄まで染み込ませる道場なんだと思います。 日本は、よくも悪くもそういうことをやらなくても、十分不自由なく暮らせる生活水準をキープしてきましたし、今後もそれが続くことを願っていますが、少子化の傾向に歯止めがかからない現状を考えると難しいかもしれません。 まあ、こういうマクロのことを議論しても仕方がないので、自分は自分にできることを淡々と進めていきます。
健康診断の結果が少し心配ですね笑 ではまた。