Yuri Takigawa
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2026-03-25

大学卒業にあたり考えていること

Personal Life

本題に入る前に

あくまでも、自分が自分の人生をどう生きるかに主眼を置いて、今思うことを綴りたいと思います。 以下に、拙文ですが、自分が教え子に宛てて書いた言葉を載せます。

(前略)皆さんは今年以降、自分の将来を決めうる決断を幾度となく迫られることになろうと思いますが、その際に参考になればという観点で書こうと思います。

正直何が正解かというのは、自分自身含めて分からないものですが、他人に聞いても100%の正解は返ってこないものですし、残酷なことに自分の決断の責任は全て自分自身しか負うことができないのです。そういうときに、自分が大切にしたいと思っていること・あるいは大切にすればよかったと感じているものを挙げておきます。

まず、信頼できる友人に自分の胸のうちを話してみましょう。どんなに突拍子のない不安だらけの選択でも、友人と話していると挑む価値のある選択に思えてくることもあります。

次に、選んだ・あるいは不本意ながら選ばざるをえなかった決断でも、それに対して自分なりに正々堂々と真摯に向き合えば、その決断はいずれ自分にとっての正解になるはずです。他人の声を参考にすることは大事でも、価値観を支配される必要はないはずです。

最後に、AIが台頭する今において人間というのは、どれだけ優秀か・どれだけ実績をあげたかという「点」ではなく、どう生きているかという「線」にこそ価値が宿るんだろうと思います。ぜひ、周り(出来事も人も)に視野を広く持ちつつ、自分の信じる道を見つけ貫いていってください。そして、世界をゼロサムゲームと思わず、他人の生きる道を尊重し応援する人でいてください。

これを書いたのは1ヶ月前なんですが、自分自身に全部が痛烈に刺さりまくっています。

いつかは赤信号を一人で渡らねばならない

自分はこの一年間を、強烈な刺激と極めて密度の高い人間関係の中で、研究に投じてきました。 しんどいことだらけでしたが、今思えば夢を見ていたと言われていても疑わないくらい、同時に楽しんでいました。 しかし、夢というのはいつか醒める宿命にあるんでしょうね。きっとこの夢は変質することはあっても、突如として終わることはないものだろうと無根拠に考えていたのだと思います。 なぜなら、この夢に不可欠だと(自分が勝手に)思っていた登場人物は、見通しの利かない分かれ道に直面したとき、否応なしに孤独な決断を迫られ、自然の摂理の如く異なる道を選ばんとしているわけです。 歩いている道の様相はこれまでとさして変わらないはずでも、一緒に歩く者が入れ替われば情景というのは変化を避けられないものだというまたしても当たり前のことに気づくんですね。

今の気持ちでただ一つ確かなことは寂しいということでしょう。 不思議ですよね、社会に出ようとしていくのに、人とのつながりがどこか疎になる気配を感じるというのは。 いつだったか、一人で生きる人生に価値はあるかという哲学的な問に頭を巡らせたことを思い返します。

大学生を経て自分の中に芽生えた感覚として、人間は大河の中の小石のようなもので運命に身を委ねること自体を自らの宿命として受け入れないといけないという感覚があります。 まあ要するに一人では無力も無力なんですね。偶然が重なって小石が積み上がって初めて河の流れがほんのわずかに変わるかもしれないし、場合によっては丸ごと流されてしまうかもしれない。 中高時代に自分は集団スポーツの部活の主将をやらせてもらっていたので、多少その事実自体は理解しているつもりでしたが、まあ想像している以上に厳然たる事実だったわけです。

自分の中に芽生えた感情を突き詰めていくと、どうしても自分一人の問題では済まない部分があるように思えてきたんですね。 ここ10年以上細々と語られ続けている話として、価値観の脱資本主義という文脈の話がありますが、実際のところ、我々は資源抜きでは生命維持がままならない以上、必然的に精神的にも一定程度資本に依らざるを得ないというオチがついてきます。多分大学生はこの感覚をある程度は共有できると思います。 持ち金が0円では、飲み会でも酒を抑え、どんなに話が盛り上がっても二次会は控えざるを得ないんですね。 そして、日本(日本に限らず多くの先進国)では、小さくない先行き不透明感が拍車をかけて、むしろその逆を行っているというのが自分の肌感です。誰もかはわかりませんが、もし許されるなら自分は自分の持ち物を気にせずに幸せを享受できる人間でありたいと願っていますが、少なくとも自分が生きている間くらいは許されなさそうですよね。

というわけで、こういうことを考えていると、我々に必要なのは、現実逃避ではなく、安定して資本にアクセスできる土台を築くことだという最も嘆かわしい結論に至ってしまうわけです。 おそらく「こいつは金の亡者じゃないか」という声が飛んでくるかもしれませんが、幸福の極めて大きな要素であろう家庭を維持するにも、今の時代には安定した資本は欠かせなくなってしまったわけです。悔やまれるとすれば、その安定した資本は昔は "Preferred" だったところが、今では "Requirements" に変質しつつあることでしょうか。

そして、何よりも自分が気にしているのは、多くの人間がアイデンティティの問いを内的に突きつけられているということです。推し活の極端な拡大も、自己肯定感の拠り所を他者に強く求める風潮と無関係でないように思います。ここ数年の選挙における俗に「排他的」と称される主張が支持を集めている根底にもそういった部分があるのではないかと感じています。自らでは対処しきれない問いはいつでも外に向けられるもので、その象徴と言えるのではないかなと思います。 また、歴史を振り返ると、アイデンティティへの疑念は資本の不安と得てして増幅し合う関係性にある気がします。敢えて具体例は挙げないでおきましょう。

さて、そろそろ本題に入るわけですが、自分の大学四年間の間の価値観の変化について語りましょう。

夢の広がりと帰着

元々、自分の人生の夢は「老後、妻と自然豊かな場所に二人で穏やかに住み、たわいもない話をしながら散歩する日々を送る」というものでした。まあ人生二周目みたいな夢ですが、これは今でも変わっていないです。

そして、少しずつ自分の人生を客観視するようになる中で、両親が子ども(つまり自分)に対しては揺るぎない愛情を注いでくれたことが、どれだけ尊いものだったのかを理解するようになりました。家庭内の状況は必ずしも安定していたわけではありませんでしたが、子どもへの愛情という点においては両親ともに一切の揺らぎがなかったことにどれだけ助けてこられたかというのを改めて感じ、心から感謝するようになりました。 その中で、自分も「よき父親になりたい」という夢が芽生えるようになりました。正解は誰もわからないんでしょうけれども、きっと人生をかけた挑戦になるんだろうと楽しみにしています。

この二つだけだったら、自分ももっと、有り体に言えば普通の、ありふれた人生を歩もうとしていたんだと思います。 しかし、同時にこの四年間で、ある疑念が湧いてきたわけです。 これらの夢の前提になっていた、平和と安全そして最低限の豊かさというのは、自分がこれらの夢を叶える前に失われてしまうかもしれないと。闇バイト絡みの強盗事件などで、既にその兆候は見えていると感じています。何よりもお互いがお互いに対して攻撃的になっている感覚がありますし、個人的に一番腹が立つのは「情弱ビジネス」が普通に働くよりも稼げる仕事になってしまっていることです。さながら人口爆発中の発展途上国と言いたいところですが、我々は少子高齢化真っ盛りですね。 地方が人のいない廃墟のような場所ばかりになるのではないか、という類の心配が、これまでは学校の「社会」の授業の一端の域を出なかったのが、日本各地に旅行に出向くにつれて必ずしもあり得ない話ではないと感じるようになりました。日本各地にある企業城下町は、日本が通商交渉に失敗したり、原油の高騰が長期に渡ったり、円安に歯止めが利かなくなったりすれば、たちまち潰れていくでしょうし、経済力を失った日本は、程なくして戦争の当事者になってしまうかもしれません。皮肉にも自分が大学受験をする当日に始まったウクライナ侵攻はいまだに続いています。

そして何よりも残酷なことに、そういう半ば我々だけではコントロールできない要因だけではなく、単純な市場での競争における敗北という要因も増えつつあることを直視せざるを得ないわけです。ここ20年くらいは自己責任という名のもとに、まともに人材が育つ環境が損なわれてきた側面は否めないと思いますし、企業側にも一部を除くと長い目で成長しようという切迫感が十分に感じられないので、当面この潮流は止まらないでしょう。

もちろん自分は自分で稼いで勝手に幸せになれば良いわけですが、「よき父親」を目指す身としては、地獄に我が子を送り出したくないわけです。当然巷でたまに言われる日本脱出という選択をしてもいいわけですが、自分は郷土を愛しているので基本的に選択肢にはなりません。

こういうわけで、日本には物心両面での新たな支柱となる存在が必要だと考えるようになりました。令和版トヨタだと言えばわかりやすいでしょうか。

ようやく自分に話が戻せるわけですが、そういう自分の夢に端を発した大局的な信念に対して、自分ができることは何かを考えた時に、人柱になることという結論に至ったわけです。ここでいう人柱とは、リスクを引き受けて先に道を切り拓く存在という意味です。 もう少し具体的にしておくと、おそらく自分では令和版トヨタは作れないと思います(作ろうとはしたいと思っています)が、それが生まれる素地を、土台を、道を作るところに貢献をしたいと思っています。

自分が今のシステムソフトウェア・並列分散処理・高性能計算という分野を選んだのもそこが理由でした。材料や回路、機械といった物理レイヤーはまだまだ日本は強いですし、形にうるさい日本人はアプリケーション部分(UI/対人)についても少なくとも今現在は優れているように感じます。しかし、両者をつなぐ存在が決定的に欠けているため、競争において後塵を拝してしまう傾向にあるというのが、大学3年生の後半あたりの研究室を選ぼうとしている自分の世界観でした。 自分にできることは、この分野で世界のフィールドで活躍し、後進に対して背中と道を示すことなんだろうと思っています。 難しいのは、個人で活躍するだけでは不十分で、それが後進にとって再現性のある道かつ魅力的で歩みやすい道であることを示す必要があるという点です。そうなって初めて、触発された人材が流れ込みやがて大きな花を咲かせてくれるのではないでしょうか。

自分の恩師の名言に 人が環境をつくり、環境が人をつくる というものがあります。本当にいい言葉だと何度となく実感してきました。 自分は、先人がつくってきた素晴らしい環境で育ててもらったという自覚があるので、それを自分にできる形で繋いでいきたいと思っています。 少なくともこの一年間はそれを行動に移してきたと思っていますし、来年は厳しい環境に身を投じることになりますが、成長して帰ってきたいと思います。